【わけ:あり】ナイトクルーザー|「おんな心が揺れる春」2008/3/27

【わけ:あり】ナイトクルーザー

2008/3/27:おんな心が揺れる春
gum14_ph08026-s.jpg

《おんな心が揺れる春》

彼女は小さな雑貨屋さんで働いている23歳のフリーター。
店長とは長い付き合いで、大学生の頃からお世話になっている。
同棲している彼氏との付き合いも同じくらい。来月で2年半になる。
彼とは大学の軽音サークルで知り合ったのだが、彼女は楽器なんかやったことがない。
まぁ軽音とは名ばかりの、気が合う仲間の集まった飲み会サークルだ。
でもバンドを組んでライブをしてるときの彼らは格好よかった。
ギターをひく彼の姿はいつもと違っていて、自分とは別の世界にいる人のような感じがした。
そんな彼と付き合ってそう、もう2年半になる。

「あいつホントに私のこと好きなんですかねーぇ」
と店長に言うと、きまって「本人に聞いてみなって」と冷たい反応を返される。
まぁ年中おんなじようなことで悩んでいるから、もう呆れられているんだろうけど。
「それよりあんたはちゃんと好きなのー?」
店長からの予想もできない質問に彼女はちょっとうろたえた。
もちろん「当たり前じゃないですか!」とすぐに返したが、そのあとうーんと悩んでしまったのだ。そして、そんな反応をしてしまった自分にも、驚いた。
なんで私こんな風に思ってるんだろう。


毎日ぼんやりしてるうちに過ぎていってしまう。
春が近づくとその傾向は強くなって、彼女は眠気をこらえながら今日もバイトをしていた。
ちょうど店長が商品の仕入れでお店をあけているから、今はひとり。
彼とのことを考えていたらなんだか気分が落ち込んでしまった。
窓の外に目をやると、朝から降っていた雨は昼過ぎから強くなって、外を歩く人はみな足早だ。
今日は暇そうだな~なんて思いながらガラスを磨こうとすると、ひとりのおばあさんが入ってきた。
その人はおばあさんと呼ぶにはふさわしくないような若々しい服装で、可愛らしかった。
ちょこんとかぶった帽子から見える髪の毛が白かったから、自分の祖母と同年代だとわかったくらいだ。
にこ、と笑ったその人に、写真立てを選ぶのを手伝って欲しいと頼まれた。
なにやらお孫さんとその彼女にプレゼントをするのだとか。
大学の卒業祝いになればと思って、と並んだ写真立てを見ながら言う。
そしておしゃべり好きそうなそのおばあさんは、
お孫さんカップルのことを嬉しそうに話しだした。


お孫さんは友達や彼女を連れて、よくおばあさんのところにやってくるそうだ。
「すごく可愛らしい2人でね、よく旅行に行ったり遊びに行ったときの写真を見せてくれるの」とおばあさんは目を細めながら話す。
お孫さんはカメラマンを目指しているそうで、そんな彼のとった写真を見せてもらうのが、すごく楽しみなのだという。
「そして、そういう思い出をね、この写真立てに飾って欲しいと思って。離れてても、写真を見れば、思い出せるでしょう?」
そう、大学を卒業する2人は、これから遠距離恋愛になってしまうらしい。
大好きな2人に渡すプレゼントを、こんな見ず知らずの私とあーでもないこーでもないって選んでいる。
なんだか不思議な縁を感じて、気持ちがあったかくなる。
たくさんの写真が入るようにと、中がアルバムのようになっている写真立てに決めた。
しあわせになってほしいと思いながら、いつもより丁寧に包装してその写真立てを渡す。
「ありがとう」と言って帰っていくおばあさんの背中は、嬉しそうに弾んでみえた。


おばあさんが帰ったあとも、彼女は見ず知らずの二人のことを考えていた。
あんなにおばあさんに愛されて、それでも離れ離れになってしまう2人。
きっとあの写真立てにたくさんの写真をいれて、毎日お互いのことを思い出すんだろうな。
そうだと、すごく嬉しい。
そんなふうに彼女が、見ず知らずの遠距離な二人に想いを巡らすには、訳があった。

彼女も今の彼と、大学を卒業するときに遠距離恋愛になりかけたのだ。
真面目に就職先を見つけた彼女は、実家に戻ろうとしていた。
けれどその仕事はやりたいことではなかったし、研修期間中に感じた会社の空気は居心地が悪くて最悪だった。
「先輩とかにいじめられそうだよー。やっぱお局とかいるのかな」と彼に話したら、
そんな思いまでして無理して就職しなくてもいい、と言われてしまった。
今思えば、いやいやちゃんと働けよって感じなのだが・・・、
その時も、今の店長はそのまま働いてくれたら嬉しいと言うし、なんだかんだと上手いこと話は進んで、今もこうして彼と暮らしている。

彼と離れる結果にはならなかったけど、
二人の想いが通じ合わなければ、近くにいても遠くに居ても変わらない。
あぁ今私たちは、一緒に暮らしながらも、心が離れかけていたのかも、と彼女は思った。


その夜彼女がバイトから帰ると、彼は部屋でギターをひいていた。
彼のひくギターに耳を傾けながら晩ご飯を作っていると、思わず鼻歌がでた。
「今日なんか機嫌いいね」と彼に言われ、彼女はあのおばあさんの話をした。
こんな風に1日にあったことを話すなんて、久しぶりだと思った。
「あんなに思われて、あのカップルは本当にしあわせだよー」と彼女が言うと、
彼は「俺らもそうだったんだよ」なんて言うから驚いた。
バイト先の店長も、サークルの仲間も、みんな私たちが離れないように、別れたりしないようにって色々してくれていたらしい。
そういえば上手くいきすぎてるなぁとは思ったけど、そんなことにも気づかなかったのか。
「そういうところが可愛いんだよーっ」と彼に頭をぐしゃぐしゃとなでられて、彼女は普段は忘れていた彼の愛情を感じた。

あぁ、私毎日同じことの繰り返しで、わかんなくなってたんだ。
不安なことはなんにもない。彼がそばにいるじゃない。
あのおばあさんに感謝して、それからあの見ず知らずのカップルのことを考える。
ふたりがずっとしあわせでありますように。
不安になったときも、あの写真立てがきちんとふたりをつないでくれますように。

music list

1 奥田民生/無限の風
2 高田みち子/Tokyo Girls Talk
3 Sowelu/Wish
4 Garnet Crow/風とRAINBOW
5 安良城紅/Mellow Parade
6 矢井田瞳/恋バス